金光教山崎教会 

こんこうきょうやまさききょうかい 

戻 る  この教会は、西暦1900年(明治33年)に設立されました。 初代教会長は「明渡(あけど)コトメ」です。

明渡の家は当時、山崎村(現、和歌山県岩出市中島)の地にあって、大地主の家柄でありましたが、コトメは生来身体が弱く 「病(やまい)の問屋」と言われるほどでした。折りも折り、 娘の愛子が重い目の病を患いました。失明しては一大事と、ありとあらゆる神仏に参拝を重ねましたが 験(げん)はありません。1894年 (明治27年)夏のある日、親戚の宮本作之進夫婦に誘われて、既に和歌山市に金光教の布教をはじめていた、 澤井光雄師(和歌山教会初代)のもとへ参拝したのが、金光の道にご神縁(しんえん)いただいた始まりです。

澤井師から「天地の道理」を話して聞かされたコトメは、これこそ助けてくださる神様であると、早速にお社(やしろ)を求めて、 自宅に奉斎(ほうさい)いたしました。澤井師のもとへ通っては、話を聞き、心を練り、信心を進めるにつれて、愛子の目の病も程なく回復。 自宅の御神前には、おかげの話を聞いた人たちが、次々に訪れるようになりました。そして、あれ程弱かったコトメもいつしか健康な 身体を頂いておりました。

自宅はそのまま神の広前となり、参って来る人も紀ノ川筋のみならず、風吹峠を越えて泉南方面からも歩いてくるという有り様でありました。

1900年(明治33年)821日、本部の認可を受け、金光教山崎小教会所として、正式に開設されました。広前を自宅の近所に新築した 頃には、神様の祭典日には、紀ノ川の堤(つつみ)に参拝者の提灯行列が出来たということであります。

昭和6年、中島から東へ2キロの現在地(岩出市西野234)に教会は新築移転されました。 ちなみに現在の御広前(おひろまえ)の建物は、当時のままであります。

昭和11年に75歳で亡くなったコトメ師のあとを、二代教会長として 長男の孝一が、コトメ師に勝るとも劣らぬ信心を進め、人助けの道一筋に歩みました。

孝一師は、戦中戦後の厳しい時代を超えて、水害にも遭い、或いは子供たちに先立たれるという人生の苦味をも味わいながらも、 ますます御神徳(ごしんとく)は高く、1984年(昭和59年) 93歳で亡くなるまで、その一生を神様のご用に捧げられました。

現在は孝一師の孫、眞幸(まさゆき)が1975年(昭和50年)に 金光教の教師に任ぜられ、孝一師亡きあとを三代教会長として日々のご用を勤めております。1990年 (平成2年)には、金光会館が竣工。駐車場はじめ教会内外の整備が進められ、 2000年(平成12年)に迎える教会布教百年へ向かって、信奉者一丸となって、 教会は生き生きと活動を進めています。

発展する岩出市をはじめ、郡内外から訪れる参拝者は、今の時代にあってのおかげ、真実の生き方を求めて、日々の信心を進めています。

皆さんがお参りして、お祈りする場所を「お広前」といいます。正面がご神殿(しんでん)、左側がご霊殿(れいでん)です。

ご神殿には天地の親神様である「天地金乃神(てんちかねのかみ)」と、このお道を開かれた教祖様である「生神金光大神 (いきがみこんこうだいじん)」とがお祀(まつ)りされてあります。また、歴代の教主(きょうしゅ)金光様も神様として合祀(ごうし) されてあります。

ご霊殿には、教会の歴代教会長、教師、縁ある御先祖の霊(みたま)様、教徒、信徒一般の霊様が合祀されてあります。 ご神殿には「天地書附(てんちかきつけ)」が掲げられ、これは金光教の基本の教えであります。

ご神殿、ご霊殿の前、参拝者席より少し高い所は外殿(がいでん)と呼ばれ、教会長が日々祈念(きねん)を仕える「祈念の座」 が設けられています。外殿の右側、御簾(みす)の衝立(ついたて)で囲まれたところ、ここが「取次(とりつぎ)の座」です。 神様の世界と人の世界を結ぶという意味から「御結界(おけっかい)」と言われます。

取次の座は1873年(明治6年)420日、ご神命(神様から教祖様へのお知らせ)により、この位置に、この向きに定められました。 本部広前をはじめ、全国の金光教の教会に共通の場です。ここには原則として教会長先生が、あるいは代理の先生がお座りになり、 お参りして来る人達の、神様へのお願いやお礼を神様に取次ぎ、神様の願いを信者さんに取次ぐ場所です。ここでのお願いやお礼、 またお詫(わ)びなどは「御祈念帳」によって、教会長先生が日々一心に御祈念くださいます。

お広前には椅子も並べられ、お参りした人はお結界で先生に御挨拶をしたり、お届けをした後、畳の上で、或いは椅子に座って、 ご祈念をします。祭典日には、参拝者と共に勢祈念(せいきねん)をいたします。

その他、広前には、社会奉仕事業の献金箱等も置かれています。

ご本部のパンフレットや教会新聞も控所に置かれてあります。ご家族や、お知り合いの為に、ご自由にお持ち帰りください。

会館まで足を運ぶと、金光教の本や、教祖様のご伝記などのビデオテープも置かれています。いつでも貸し出します。

お広前に隣接する2階建の建物は「金光会館」です。1990年の 教会開教90年を機に竣工しました。大祭やお正月等の祭典時にはフルに使われます。 常平生は、研修会、会議、また地域の一般の方にもいつでも使ってもらえるように配慮がなされています。 毎週シルバールーム(老後生き生き教室)や、英会話教室、詩吟教室、詩舞教室などにも使われています。

教会は早朝から深夜まで24時間、開いています。お参りは自分の都合だけで来られるのではなく、 神様のおかげを頂いて、お繰り合わせを頂いて来られるのですから「神様にお引き寄せいただく」とも言います。ですから、お引き寄せ いただいたことを感謝し、門を入ったら、お広前に向かって一礼します。次に手水鉢(ちょうずばち)で手を洗い、口をすすぎます。

履物を脱ぎ、玄関を入り、着席し、右前方のお結界(けっかい)に一礼の後、神様、霊様に拝礼します。その後、お結界でご挨拶を申し上げ、 お届けやお願いがある方は、先生に聞いていただきます。急を要するお届けによっては、先生がご神前に進まれて、共に御祈念を仕えて下さいます。

「お祈り」のことを「御祈念(ごきねん)」と言います。御祈念の仕方は、深くおじぎをした後、頭を上げて、拍手(かしわで)を 4つ打ちます。別に大きな音を立てなくても、神様には通じます。次に頭を下げて、 心中(しんちゅう)祈念(声を出さずに心の中で唱えるご祈念)をいたします。

御祈念はまず日々のお礼から始めます。たとえば

「生神金光大神様(いきがみこんこうだいじんさま)、天地金乃神様(てんちかねのかみさま)、私ただいまお引き寄せいただきまして ありがとうございます。私を始め家族一同、日々天地のお恵みの中に命を頂き、生かされて生きていることはありがたいことでございます」 信心が進むほどに、ここでのお礼は、あれもおかげ、これもおかげと、お礼が多くなることでしょう。

次に

「今の私共はじめ、ご先祖から、天地の神様のおかげを頂きながら、知ってのご無礼(ぶれい)、気付かずのご無礼を重ねて来ましたことは、 まことに申し訳ないことで、深くお詫び申し上げます」と、お詫びを申し上げます。「人を殺すというが、心で殺すのが重い罪である」 とみ教えされていますように、同じ神の氏子である人のことを悪く思うのも罪でありますし、悩み苦しんで自分の心や体を傷つけたのも 神様へのご無礼になります。

そしてお願いを申し上げます

「私はじめ家族のだれそれも、知人のだれそれも、みな心身の健康のおかげを頂き、無事達者で繁盛(はんじょう)に暮らさせていただき、 それぞれの立ち行く大みかげを頂かせて下さい」と言えば一言で済んでしまいますが、「どんなことでも願え」とみ教え下さってあります ように、願いの中身も信心の進展と共に、広く深くなって行きます。そして迷うことなく一心にお願いして行けば、神様は必ずおかげを 下さいます。なお、最後に「生神金光大神様、天地金乃神様ありがとうございました」とご神名(しんめい)を唱え、頭を上げて拍手を 4つ打ち、深くお辞儀をして終わります。

これは一般的な御祈念の仕方ですが、教祖様は「人に頼むように、普通の言葉で頼めば良い」とおっしゃていますから、時代に合った言葉で ご祈念すれば結構です。

ご霊殿に対しても、ご神殿に準じます。お祭りしてあるのは、初代明渡コトメ親先生、二代明渡孝一親先生を始め、多くのご霊神(れいじん) ですから「初代親先生、先代親先生、ありがとうございます。私の神様への願いを、霊様(みたまさま)ながらにお聞き届けいただき、神様に お働き下さいませ」次に「私の先祖代々の霊様に申し上げます。霊様のお働き、ご苦労により、私共の家族一同無事に暮らさせて頂いております。 今後とも霊様の良きお働きを頂き、お守り下さい。霊様もいよいよ神様のおかげを蒙られまして、お徳の高い霊様となられますよう、お祈り 申し上げます」と感謝を込めてお願いお礼申し上げます。

このご霊殿に親先祖をお祀(まつ)りされていない方々も、すべて霊様は天地の親神様のもとに、おかげをいただいているのですから、 このご霊殿を通して、親先祖の霊様方にお礼とお願いを申し上げましょう。

このように丁寧(ていねい)にご祈念をする時間のないときは「生神金光大神様、天地金乃神様」とご神名を唱えてお願いするだけでもかまいません。

また「金光教拝詞集」の中の「神前拝詞」「取次唱詞」「天地書附」「神徳賛詞」等をご神前で唱え、ご霊前で「霊前拝詞」などを唱え 「どうぞよろしくお願い申し上げます」とお願いするだけでもかまいません。御祈念が済めば、お結界で御挨拶を申し上げ、また先生が お話くださる時は聞かせていただき、帰らせていただきましょう。なお「拝詞集」はお広前に常備されていますので、御自由にお使いください。

お結界では、名前と年を申し上げ、願い事などを詳しくお届けします。身内にも、親しい人にも言えないことでも、外に漏れることは 絶対ありませんから心を裸にして、ありのままに申し上げます。

先生は日々神様に一心に取り次いで下さいますから、その後の経過や、結果も忘れずにお届けします。急ぎの時や、その場を離れられない 時は、電話やファックスでのお届けでも結構です。

また、ここで聞かせて頂いた言葉の一つ一つを、神様のお言葉として受け取らせていただくのが金光教の信仰のあり方です。

お取次頂くに「お供え」の必要はありません。「神を商法にしてはいけない」「お供え物とおかげ(御利益・お恵み)とはつきものではない」 「寄付の勧誘をしてはならぬ」など、教祖様が戒(いまし)められています。本当の宗教では、お供えによって、祈念がしてもらえたり、もらえ なかったり、おかげがあったり、なかったりということはありません。

お結界でお願いやお礼を申し上げたり、先生のお言葉を頂くことを、お結界でお取次をいただくと言います。

お供えはあくまでも神様へのもので、先生への取次料ではありません。真心のお供えが神様に届き、お下がりはすべて神様のご用に使われます。

お供えの様式は特に定まってはいませんが、半紙に包んで表に「奉(たてまつる)」と書き、その下に氏名を記します。「奉」と言うのは 「神様に奉る」という意味です。霊様へのお供えは「奉」では無く「御玉串」と書きます。便宜をはかって婦人会のほうで包み紙が控え室に 用意されてあります。

お供えをすると「御神米(ごしんまい)」をお下げくださいます。お供えをしなくても申し出れば頂けます。御神米は「一体、二体・・」と 数えます。剣菱(けんびし)形に折った和紙に、お米が数粒入っています。天地のたゆまぬ働きと、人々の労力によって出来た賜物(たまもの)、 神様のお恵みの象徴として、和紙とお米のお下がりを頂いたものが御神米です。

これはご神体でもお守りでもありませんが、これを頂いて病気の治った方が無数にあるのも事実です。また日々一粒づつでも頂いて学校や 会社へ行く信者さんも大勢おられます。また自宅でお祈りする時の目当てとして、棚の上にお祀りしたり、旅行や外出の時、神様のお供を させて頂くという気持ちでバッグに入れていく方も多いです。

中のお米は、寒中にご祈念をして洗い、お下がりの御神酒(おみき)を頂いた御祈念のこもったお米です。健康をお願いして、そのまま頂くか、ご飯を 炊く時に一緒に炊き込んでいただいてもいいでしょう。和紙もお粗末にならないようにします。細かくちぎって、お米と一緒に頂く人もいます。 怪我などの箇所に水に濡らして貼り、速やかな治癒をお願いされる方もあります。和紙は、半期半期の感謝祭に教会へ持っていけば、ご無礼の 無いように土に返して下さいます。

信心するといいますと、自宅に立派な神棚や仏壇を祀るものだと思っている人もありますが、天地金乃神様は「神に会おうと思ったら、 外へ出てみよ。空が神、下が神」「神が社に入ってはこの世が闇(やみ)になる」と教えられ、俗に言うご神体はありません。

山崎教会のご神殿の内には、澤井先生から初代先生に遷(うつ)していただいた「御神璽(ごしんじ)」。そして「歴代金光様のお写真」が お祀りしてあります。御家庭にお祀りする時は、お結界に願い出て「天地書附」をいただきます。それを自分が御神殿と定めた所によく 見えるように掲げれば良いのです。お社を設けたい方はその旨をお結界へお願いします。それぞれにふさわしいお祀りの仕方を教えて下さいます。

自宅に神様を祀ることが、家の装飾や気安めであっては、信仰と違うものになってしまいます。御家庭に神様を祀れば、その神様が家の長です。 朝、その日のことをお願い申し上げ、夜には報告をします。作法は教会広前と同じです。お供え物に決まりはありません。子供さんがある場合は、 小さい時から、何でも(頂きもの、学用品等)神様にお供えしてから頂くという習慣をつけることは良いことです。

教祖様は「天地金乃神の広前は世界中である」と教えておられますから、いつ、どこで願ってもいいのですが「一心に願う」には練習が 必要です。たいへん困っている時は一心にもなれるのですが、一息つくと一心がゆるんでしまいます。

教祖様は「おかげを受ける器(うつわ)をつくれ」と教えておられます。そのためには日頃、信心の稽古(けいこ)場所(道場)であるお広前に 足を運び、その練習をして、いつでもどこでも「一心に願える」心を身につけておかねばなりません。そのためには、信心の話を聞いて、 神様の、み心やみ働きを感得することが必要です。

また「どんなことでも願え」と、教祖様が教えておられるように、日常の何事もお結界にお届け申して、現実的なおかげを頂いていくことが 必要です。

ある先生は「おかげは足にある」とお参りの大切さを話され、当教会の先代も、「家で拝んでいるのは、桶(おけ)の水じゃ、すぐに尽きる (無くなる)。常に、教会の湧き出る井戸水を汲みに来い、空っぽの神様を拝んでおってもおかげはない」と、お参りの意義を分かりやすく 説いて下さいました。

毎日の朝6時の御祈念に参拝できずとも、出勤前や帰宅前にお参りされる方が多いです。その結果は 「目先のことだけでなく、先々に現れる」ものです。

毎日お参りすることを「日参(にっさん)」といいます。
 

教会では、日々の取次は年中休みなく仕えられます。いつでもお参りできます。

また、神様、霊様の祭典日があります。常平生、神様を自分の都合に合わせている勝手なお互いが、神様のお日柄(ひがら)に自分たちの 都合を合わせて、祭典日には出来るだけお引き寄せいただけるようになりたいものです。

当教会の月に3回の月例祭とは、3日の月初めお礼のお祭り、 10日の金光大神様のお祭り、22日の天地金乃神様のお祭りです。 おかげをいただいていることを改めて神様にお礼申し上げ、また大勢の信心の仲間と勢を揃えて御祈念し、先生のご教話を頂く日です。

大祭は4月に天地金乃神様の御大祭、10月に金光大神様の御大祭があり、 春秋には霊祭があります。その他、春休みには学童の進級進学のお礼とお願いの勧学祭(かんがくさい)、お正月の新年祭、歴代教会長先生の 例年祭などがあります。

また、先生にお願いすれば、お宮参り、交通安全祈願、結婚式、家の御先祖祭などを教会で仕えていただけますし、自宅での諸祭にも おいで頂けます。例えば地鎮祭、上棟祭、落成式、神舎奉斎式、御葬儀などです。

金光教の信仰は、先生と自分との11のお取次の関係の中で進められ ますが、信者さん同士の関りと共に進める側面も大いにあります。信仰を進め、教会ご用を進めるために、教会にはいくつかの会があります。

当教会では教会長を中心に、宗教法人組織としての責務を果たすための責任役員、信徒総代制度がありますが、実質的な教会運営の主体は 皆さんです。そういう中で、信者さん方の任意の団体として、教会ご用に積極的に参画するための信徒会、婦人会、輔教(ほきょう)会、 典楽会、また、ご用プラス育成組織としての青年会、さなえ会、少年少女会等があります。入退会は自由で、 各自に適した会に入ることが出来ますので、いつでもお尋ね下さい。会費は月500円(信徒会)から 無料(少年少女会)まで、それぞれの組織の意義に応じた、縦横のつながりの中でのお育てをいただき、教会のご用にも参画します。

情報化時代の今の世にあって、信仰もまた今日的な求め方があると思います。教会(金光教)とあなた、教会と社会との繋がりを、より強く するために、次のような布教もされています。  あなたの家庭や職場などにあるファックスへ、山崎教会の情報を逸早く提供します(無料です)。ご希望のかたはファックス番号を 申し出てください。山崎教会が提供するファックス情報とは、例えば以下のようなものです。

・ファックス教話(月12度)

・山崎教会トクトク情報

・毎月発行している「教会カレンダー」

・教会や各会、また連合会行事の案内。変更等
 
 

金光教本部で発行されている新聞です(カラー・タブロイド版8ページ)。当教会では現在60世帯の方が購読されています。 教会へ送付してもらえば、お広前の個人宛のボックスへ入れておきます。もちろん個々人の家庭への直接送付や、知り合いや都会で暮らす 子供たちへのへのプレゼント送付も出来ます。 (月3回発行、年間4800円です)。

お問い合わせは金光教本部布教部(TEL 086542-4419)か、 Mailで。

毎週水曜日の早朝4時50分からの10分間、 朝日放送ラジオ(1008KHz)で「金光教の時間」が放送されています。

平成94月からは、毎週日曜日の朝6時50分から、和歌山放送ラジオ(1431KHz、他)でもはじまりました。 (放送は全国の各放送局で されています)

この山崎教会は、金光教教内での、インターネット・ホームページの先駆けでした。平成8年12月15日から正式運用しています。日本語と英語によって、 情報を世界に発信。

今では、より充実したものが、本部をはじめ、各教会で作られています。

リンクのページでご覧ください。

教会(長)宛のメールは以下から

konko@pos.to



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